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エヴレカの夢 Ⅳ

Penulis: エチカ
last update Tanggal publikasi: 2026-05-23 07:45:48

「……はい」

 公爵のローブを被っていたとは言え、オルタナも腰が抜けて膝が笑っている。

 上級αの本気の威嚇グレアなんて初めて見た。

「すまないな、怖かったか?」

 オルタナはこの言葉に、辛うじて左右に首を振って答えた。

 軽々と抱き上げられてアートルムの背中に乗せられ、下から煽る様に見上げた公爵の表情が優し過ぎて泣きたい様な衝動に駆られる。

 木立の隙間を差す西陽の橙色と漂う深縁の香りに包まれて、髪も乱れ泥と埃に塗れた滑稽な姿でサマにもならないのに――。

 あぁ、この人に会う為に生まれて来た。

 何故だか分からないけれど、そんな根拠のない明確な悟りの様なものがストンと落ちて来た。

 クスニューの森に入ってから、ファージに襲われ、スーランの発砲でより危険な状態に追い込まれ、炎狼の群れに追われ、挙句またスーランによる誘拐未遂で踏んだり蹴ったりだった。

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  • 魔女ドーラの孫(仮)   クローゼットの攻防

    「ちょっと籠る! 開けないでね!」「ちょ、オーリィ……」 馬車の中でも無言のまま帰って来て、公爵も様子を伺っているような雰囲気だったが、そう言い捨ててオルタナはクローゼットの中に籠城したのだ。 公爵の高そうな服が隙間なく並べてあり、あの花の様な香りが漂うその狭くて暗いクローゼットの中は、案外落ち着く場所だった。 夜会に出たままの服装で潜り込んだから、手探りで装飾品の類を外して膝を抱えて座り込み「ふぅ――……」と息を長めに吐いた。 おねだりしないといけないのに、こんな風に勢い任せに立て籠もって、最悪公爵を怒らせてしまうかもしれない。 それでも「溜息をつきたくなる事」くらいは分かって欲しかった。 何でもかんでも自分で思い描いた通りに事を進めてしまう公爵に、隣を歩かせて欲しいなんて、我儘なのだろうか。 庇護されるだけの豚――そう言ったナタリスの言葉がチラついた。 モリガン大佐やラカンの増強剤の事も公爵と話さなければならない。 その上、大公妃とのネロ区視察は三日後だ。 こんな所で膝を抱えている暇はない。  けれど、オルタナにはこの儘ならない感情を整理する時間が必要だった。 そうでなければまた、一人で森へ飛び出してしまいたくなる。 そうして一人薄暗いクローゼットの中で延々と思考を巡らせている内に、いつの間にか落ちていたらしい。 扉の外は物音ひとつしないし、人の気配も感じられない。 公爵は流石に諦めて、放置する事にしたのだろう。「着替えないとな……」 そう独り言を呟いて恐る恐るクローゼットの扉を開けてみる。 居ないと分かっていても、用心するに越したことは無い。 ほんの僅か扉を開けた。  その隙間から見えたのは、クローゼットの向かいにある大きな寝台の縁に腰かけた公爵だった。 居るんじゃん――――!!

  • 魔女ドーラの孫(仮)   意地

    「それなら、私が。最近、ラカンの元密偵に伝手が出来たので」 そう言ったのはミレーだった。 確かに、アラベルなら用意出来そうだ。「でもミレー、親父さん達は今、別の仕事に取り掛かってるんでしょ?」「……まぁ、そこは何とかします」「そう……」 そのミレーのやり取りを見て、王妃は頬を膨らませてこう言った。「ミレー中尉ばっかりズルいわ」「え?」「オルティは私の友達なのに、私の事は愛称でも呼んでくれないし、未だに敬語なのよ? ミレー中尉だけズルい!」「いやぁ……ラチア様、それは……」 オルタナはその王妃の拗ねっぷりに、これが高等技術“スネル”か……と感心した。 とは言え、王妃相手に愛称呼びはスネルより更にハードルが高い。「二人だけの時は良いでしょ? それもダメ?」「うぇっ⁉」「だって私、オルティ以外に友達いないんだもん」「……」 それはズルいぞ、王妃様。 困ってミレーの方を見遣ると、こうなると分かっていた様な顔でウインクされた。「……じゃあ、二人の時だけ」「本当っ? 約束よ?」「わ、分かった……です」「んもぅっ!」「き、急には無理……だから、許して……ラ、ラティ」「ふふ、良いわ。ありがと、オルティ」 嬉しそうに笑う王妃は、まるでただの十二歳の少女に見える。 そう見えてしまうと、焦げ茶色の良く似合っていると思っていた美しいドレスも、聊か背伸びした様に見えて来るから不思議だ。 この時オルタナは、あれだけ「得策じゃない」と言われていたのに、無駄な意地を張る事になるとは露知らず、煌びやかな夜が更けて行った。◇◇◇ オルタ

  • 魔女ドーラの孫(仮)   おねだり作戦

     あからさまに焦った顔をして見せたノエルに、王妃は満面の笑みを見せた。「ルアド・モリガンの状況を知りたいわ」「えぇ――……それは守秘義務がありまして……」「そうね、少佐が王妃に話したとしたら処罰を受けるでしょうけど……ミレー中尉との会話を偶然何者かが聞いてしまったのなら、出所不詳で誤魔化せる」「えぇ⁉ まぁ、良いですけど」 いいんかい。 オルタナは危うくそう突っ込みそうになった。「おい、ミレー。ルアドの様子はやはりおかしいらしいぞ」 急に始まった寸劇もどきに、ミレーは慌てて答える。「お、おかしいって?」「痛みも感じてない上、正気を保っているとは到底思えないらしい」「特警預かりになったのに、正気を保っている方がおかしいでしょ」「薬物中毒じゃないかと、誰かが言ってた様な……」「えぇ⁉ 何の?」「あー、えー、それが分からないって話らしい」「こ、困ったわねぇ……」 ノエルとミレーは凄くカッコいいのに、酷い茶番だ。 余りの酷さに王妃と顔を見合わせて噴き出した。「「ぷっ……」」 ノエルとミレーは二人共恥ずかしそうに顔を背けている。「なるほど。そう言う事でしたか」「ラチア様? そう言う事、とは?」「ずっと不思議だったの。ルアドが口を割らない事もそうだけど、あの体格が異様で……」「体格? モリガン大佐は昔から結構大きかったですけど……」「でも、モリガン伯爵は&alph

  • 魔女ドーラの孫(仮)   愛してるもの

    「えぇ?」「自分を殺して大人の事情に付き合ってたら、ロクでもない事になるわ」「ロクでもない事……」「あ、その……オルティは私よりお兄さんで、子供じゃないかもしれないけれど……大体高位貴族の大人って自分の思い通りに事が運ぶと思ってる」「はぁ……」 オルタナは王妃の“お兄さん”という言葉に驚いた。 年齢はともかく同等かそれ以下だと見下しても良い権力をお持ちなのに。「子供は何でも自分達の言う事を聞くと思っている」「まぁ、そうですね。逆らえる気もしませんけど……」「それに、ヴィンス相手じゃ喧嘩するのは分が悪いわ」「ラチア様は王陛下と喧嘩なさるのですか?」「喧嘩……と言うか、一方的に私が怒っている事が多いわね」「でも、仲良さそうに見えますよ」「うふ、愛してるもの」「おぉ……」 堂々とそう言える王妃が、キラカの灯でより幻想的に美しく見える。 オルタナは自分のグラグラと動く弱い心を確める様に、胸に手を当てた。 公爵が子を産める番を持てと言われるのは、至極当然の事。 でもそれに覚悟が出来ていなかったのは、公爵の“唯一の番”という言葉を安易に丸飲みしていた自分のせいだ。 これから運命の番として、誰か他のΩの子を抱く公爵を寛容に許し、サリバン公爵を支える人生が待っている。 でも、それが嫌だと言って離れていく事も出来ない。 苦しくても、離れるなんて無理だ。 だって、愛しているもの。「我儘な王妃に手を焼いている王様。そう言う筋書きなの」「筋書き……?」「レイって本当はもっと優しい人。でも、優しいだけじゃ国王は務まらないでしょ。だから私が我儘を言って、それを仕方なく許すって言う茶番?」「国政が茶番?」「私が矢面に立つことでレイを守れるなら、それで良い。私はもうすぐ十三歳になるけれど、子供だと侮る者は

  • 魔女ドーラの孫(仮)   王国の金星

     大公妃に加えて王妃まで一緒に行くとなれば、危険度が釣り上がる。 どんなに気が強く凛としている王妃でも、まだ十二の少女で、Ωだ。 もしも、何か大事になる様な事があれば、自分一人では対処出来ない。 あぁ、でも、護衛はついて来るはず――。 そのオルタナの心境を聞いていたかのように、ケルメスが口を挟む。「王妃様。大聖堂には抑制剤関連の機密も多くございます。銀の君の視察には、こちらで護衛を用意します故、従者殿はお連れにならぬよう」「分かっていますとも」 とんでもない事になった。 大公妃と自分だけなら自分の身をどうにか守れれば良い。 教会が大金を落とす大公妃をどうこうする確率は無いに等しいからだ。 それに、今回の夜会は大聖堂への潜入計画の一旦を担っている。 その潜入計画の陽動の為にオルタナがケルメスを誑し込み、魔女ドーラに会わせて欲しいと嘆願し、表から堂々と入る計画だった。 そこに助っ人である大公妃が現れ、運良く視察の話が出た為に便乗する事が出来ただけの事。 いつもならこんな時に我先に口を出して来そうなウケイの姿が見当たらない。 先生、居ないのかよ! 出番でしょ! オルタナは胸中で一人突っ込みしながら、思案する。 王妃も潜入計画を知っているはず。 何故、そんな危険を冒して正面から行こうと言うのか。 オルタナはまだ良く理解出来ないまま、場の状況を見守る事しか出来ない。 大公妃は閉じていた扇子を広げて、口元に翳し「私はそろそろ」と休みたい素振りを見せ、フロアの中央から退席した。「せっかくの王陛下のお誕生祭です。気を取り直して、楽しみましょう」 振り返った王妃がそう言って、こちらを見る。 後ろに控えていたミレーから「ダンスにお誘いして下さい」と小声で囁かれ、危うく「はぁ?」と返

  • 魔女ドーラの孫(仮)   ネロ区へ

    「銀の君の折り紙付きならばサリバン家も安泰ですな、公爵様」「えぇ、そうですね。ドヴァンニ殿」「健常なΩを早々に見つけられませ。何なら私がご紹介致しましょうか?」「ケルメス、婚約したばかりの二人の門出に不躾ですよ」「これは失礼、銀の君。年寄りは生き急いで申し訳ないですな。銀の君は大聖堂の視察にも来て頂けるとか。またその時に、ゆっくりとお話出来れば……」 国王でさえ大聖堂への訪問を渋る教会が、大公妃の視察を断らない理由――それが多額の支援金だ。 慈善事業家としての大公妃は、母国の孤児院に多くの支援と寄付を続けており、教会の大聖堂があるネロ区もその恩恵を受けている。 だから断らないと言うより、断れないと言う方が正しい。「あぁ、そうですね。オルタナの御婆様にもお会いしたい所です」「あぁそれなら、君も会いに来られますか? 御婆様に」 掛かった――――。「宜しいのですか? 私がご一緒しても……」 母がどんな風に笑う人なのか記憶はないが、オルタナは出来得る限り優雅に口角を上げ、ジッとケルメスの視線を捕らえる。 この爺を落とせば、大聖堂へ行けるのだ。 媚びも世辞も惜しむつもりはない。「十年以上会ってないのでしょう? マダムの視察の合間に面会なさると宜しいかと」「ありがとうございます! 限られた者しか入れぬ大聖堂に入れるなど夢の様です。大司教様の寛大なお心に、感謝致します!」 オルタナはそう言ってケルメスの手を両手で握りしめた。 本来なら触りたくもないが、ミレーが言うにはケルメスは稚児趣味の傾向があるらしく、小柄な少年をいつも侍らせているらしい。 多分、間違いなくこの容姿と体格がクリーンヒットする。 と、ミレーは砂を吐くような顔で言っていた。「おっほっほ、公爵様が君を番に望む気持ちが分かる様な気がしますね」

  • 魔女ドーラの孫(仮)   禁忌

     公爵達が別荘を去って一週間後、ミレーとオルタナも王都へ戻る。 戻る前にはミレーに頼んで別荘裏の森へ入る時間を貰い、薬草を摘んで荷袋に入れた。 調薬する時間はなかったけれど、王都へ行けばウケイがいる。 何かの役に立つかもしれない、と出来る限り使えそうな物を摘んで来た。 戻る道中も馬車の中で貴族達の名前と派閥を頭に入れる講義が続き、言葉遣いの練習も追加され、アリアンロッド街道の道中にある宿を転々としながら王都へ戻る。 発情していないとは言え、ミレーは婚約中の女性でしかもαだ。 部屋を別にして欲しかったが、そう言うわけにはいかないらしかった。「大丈夫よ、オルタナ。ラチア様からこれを

  • 魔女ドーラの孫(仮)   出来る子

     正面玄関から二階へ上がる階段の上から一部始終を見ていたナタリスでさえ、反論する様子はない。 一番混乱しているのはオルタナ自身だった。「あのっ……ヴィー様?」「オーリィ、お前に頼んだ事を覚えているな?」「覚えてる……けど、運命の番って……」 運命の番だと公表してしまえばそれは婚姻を意味する。 それはダメだ。 公爵の血筋を残せない自分では、本物にはなれない。「契約って言った……」「お前が唯一の番だと言

  • 魔女ドーラの孫(仮)   母 Ⅱ

    「うん……」 いつも毅然としていて隙のない公爵が、何やら頼りなさ気に見える。 いつも周りを圧倒する存在感を放ち、近寄り難い程のこの人が、今ここでだけは頼りない少年の様に見えた。 ポツリポツリと話し始めた公爵の表情を、オルタナは見逃さない様にしっかりと見つめる。「まだ十三だったその日、俺は体調が優れず寝台に押し込まれていてな」 体調の悪い第二王子を見舞いに来た前王妃と護衛で着いて来たオブライアンは暫く談話した後、部屋を去って行った。 だが、そのすぐ

  • 魔女ドーラの孫(仮)   運命

    「だからってドーラを一人で教会に行かせるなんて……」「これはドーラ殿の希望だ。俺だってオーリィに会わせてやりたかったんだがな……」 ドーラは特赦が許諾されない事も含めて、教会が望む形で自分が引き渡されれば特警が疑われる事もない事まで計算して、そうなる様に話を進めて貰えないかと打診して来た。 だから両陛下に茶番を打って貰った。 種芥子の知識を持ったドーラなら殺されることは無いだろう。 そう頭では分かっていても、危険な賭けには代わりない。 オルタナのたった一人の家族を、敵地に一人で

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